理工学部 物理?材料理工学科 マテリアルコース
教授 鎌田康寛
金属物性、非破壊評価、磁性薄膜
地球温暖化対策の一つとして、自動車業界では鋼(鉄炭素合金)の部材の軽量化による燃費性能の向上を進めています。軽くするためには部品を薄くするのが近道ですが、衝突時の安全性を確保するために材料の高強度化が不可欠で、ダイクエンチ工法が導入されています(図1)。この工法では鋼板を高温に加熱し、冷やした金型でプレスして成形と同時に急冷します。この急冷処理は焼入れ(日本刀の作り方も同じ)と呼ばれ、硬いマルテンサイト組織を作り出せます。しかし、金型との接触が不完全な場合は十分な硬さが得られません。不良品の発生がないことを確認するため、現場では製品の一部を抜き取り切断?研磨して硬いダイヤモンドを押し付け、窪みの大きさを見て検査しています。製品を壊さず短時間に判定できる方法があれば全量検査が可能になり信頼性が高まります。
鋼板の主要元素である鉄は磁石につく性質(強磁性)を持ち、その性質は金属組織と密接に関係します。棒磁石を例にして強磁性について考えます(図2)。棒磁石を分割すると両方が磁石になりますが、それを繰り返すと原子1個の磁石に行き着きます(図2b)。一方、長手方向に分割して再度合わせようとすると、片方の棒磁石が反転して合体します(図2c)。これらから鉄の内部を原子スケールで想像すると、"原子磁石"が規則正しく並んでおり、向きの揃った幾つかの領域(磁区)に分割されていると考えられます。ここで磁区と磁区の境界は磁壁と呼ばれており、原子磁石の方向がねじれています。外から磁場を加えると磁壁が移動して磁場方向の磁区が広がります(図2d)。焼入れで生じるマルテンサイト組織は格子欠陥(原子配列の乱れ)を多数含みますが、そのような場所では磁壁の移動が妨げられることが基礎研究でわかっています。磁場を加えても測定対象物は壊れませんし短時間で計測が可能です。これらのことから磁気的な応答に着目した焼入れの非破壊検査法の開発が期待されます。
ここでは自動車関連会社と協力して実施した研究の一例を紹介します(図3)。励磁?検出コイルをU字型の鉄に巻いた磁気プローブを自動車ドアビーム製品に実際に接触させて、磁場を加えて磁気的な応答を調べました。このとき製品の端にわざと不良部を作っておき、そこから中央の焼入良好部に向けてプローブを動かし計測しました。不良部と良好部の磁気ヒステリシス曲線を比較すると、良好部では曲線が傾き、その幅が広くなっています(図3a)。これらは焼入部での磁壁の動きにくさと関係します。各位置での保磁力(ヒステリシス曲線の幅の半分)と別実験で得た硬さの間には良い相関が見られ、ダイクエンチ製品の硬さの推定で磁気計測が有効であることを示しています (図3b)。実際の製品では酸化膜の影響の考慮も必要ですがその補正法の特許も取得しています。さらに科学技術振興機構の支援事業の枠組みで製品曲面部の計測法の検討も行い、工場での導入が始まっています。
鋼の強磁性と金属組織との密接な関係は色々な分野で利用できます。他の研究活動として高温や照射環境下で使用される金属構造材料(高クロム鋼やステンレス鋼)の磁気特性の解明と材質劣化評価法の開発を進めており、火力発電プラントの損傷評価や、核融合炉や大型加速器の機能維持で役立つと考えています。さらに放射光を使った先端X線CT法を専門とする清水一行先生と協力して、新幹線や航空機などで用いられるアルミニウム合金の強度特性の研究も始めています。以上のような研究と関連の教育活動を行っており、安全安心な社会の実現に向けた取り組みを進めています。
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